2010年6月23日水曜日

半田晴久さん@日本国際フォーラム意見広告「50周年を迎える日米同盟/岐路か、継続か」

 半田晴久さんが、本日、全国紙に掲載された、「日米安保条約改定50執念記念円卓会議」の意見広告に賛同されておられました。



日本国際フォーラムといえば、日本で貴重なシンクタンクの一つです。アメリカでは、外交問題の研究を行う政策シンクタンクは50くらいはあったと思います。小さいものまで含めると100くらいになるでしょうか。



しかし、日本では、外交問題の研究を行う主な政策シンクタンクといえば、だいたい主なものは3つくらいしかありません。



・「国際問題研究所」(国問研 こくもんけん)

・「世界平和研究所」

・「日本国際フォーラム」



の三つです。



このうち、「国問研」や「世界平和研究所」は、事業仕分けでも取り上げられていましたし、だいぶ、予算が削られていたようです。



いまや、日本国際フォーラムだけが、政府からの援助がない分、政府に堂々と意見を言える機関といえるでしょう。



前回の北方領土問題に関する「日本国際フォーラム」の意見広告も、麻生さんや鳩山さんの行動に、明らかに大きな影響を与えたと思います。



こうして、もっと、民間の意見が政府に反映されるよう、ますます活動が発展するよう、期待する次第です。


2010年4月16日金曜日

最高裁判決に思う

 ネットで誹謗中傷をし名誉毀損の疑いで起訴された方が、有罪という最高裁判決が決定したようである。よく調べずに思いつきで誹謗中傷するのは、やはり問題であろう。





小法廷は「個人がネットに掲載したからといって、閲覧者が信頼性の低い情報と受け取るとは限らず、ほかの表現手段と区別して考える根拠はない」と指摘。その上で、「不特定多数が瞬時に閲覧でき、名誉棄損の被害が深刻になり得る。ネット上での反論で被害回復が図られる保証もない。ネットだからといって、より緩やかな要件で同罪の成立を否定すべきではない」と結論づけた。





という判決内容には同意である。





半田晴久(深見東州)さんのような偉人でも言われなき事実無根中傷を受けているのは大変気の毒なことである。





最高裁が、良識ある当然の判決を下されたということは、歓迎すべきだろう。


2010年3月17日水曜日

半田晴久さん@女子ゴルフ振興

半田晴久(深見東州)さんは、プロボウリング の新興に



力を尽くしておられます。





さまざまなボウリングの大会の支援もされているようです。





みなさん、たいへん、楽しそうです。



http://www.isps.or.jp/handa17/





http://www.isps.or.jp/handa-cup-41-bw/20091216_41.php


2009年11月13日金曜日

半田晴久さん@フィランスロピーシニアトーナメント

「Handa Cup フィランスロピーシニアトーナメント」 が今年も、非常に盛り上がりを見せているようです。



半田晴久(深見東州)さんが会長をつとめておられる、一般社団法人 国際スポーツ振興協会(ISPS)ではゴルフを始めとするさまざまな大会を協賛しています。



今年の「Handa Cup フィランスロピーシニアトーナメント」には、メジャー優勝者のイアン・ウーズナム、サンディ・ライルをはじめ、サム・トーランス、ウェイン・グラディなど、世界の強豪が招待されています。



男子シニアの三大公式戦のひとつ、フィランスロピートーナメントも、スポンサーがいなくなり、試合がなくなりかけた時期があります。ところが、国際スポーツ振興協会が一億円という最高の賞金大会を主催してから、賞金総額や試合数が増え、2年間で、3試合から9試合に増えたのです。



半田晴久氏は、盲人ゴルフの父でもあります。

近年、ゴルフはオリンピック種目に採用されましたが、パラリンピックにぜひ、ブラインドゴルフが採用され、ブラインドゴルファーが、金メダルをとる日を夢見ておられるということです。


2009年11月5日木曜日

半田晴久さん@日本国際フォーラム「北方領土返還要求堅持を求める提言」

 半田晴久氏は、4月30日にも、伊藤憲一氏が代表を務める日本国際フォーラムの「北方四島返還要求の堅持」を求める提言に署名されております。



その後、MXテレビで、北方領土返還について、見識のある発言をされておりました。



多方面で博識な方であるとしみじみ思います。




2009年11月3日火曜日

半田晴久さん@人権問題への取り組み・オーストラリア

半田晴久(深見東州)氏はオーストラリアでの人権教育にも力を入れています。



幸せの基準は人によって違いますが、少なくとも人権がある程度保障されていることは、人間としての幸せの最低基準を保証することにつながります。そこで、人権教育を進めるために、半田氏が代表を務める団体では、西オーストラリア州立カーテン工科大学に、人権教育のチェア(講座)を開設しました。これは、まさにオーストラリアでは初の試みでありました。おそらく、南半球でも初のことであり、世界でも類を見ないものと言われております。

オーストラリアでは、人権問題は政治団体と結びつきやすいため、人権教育の国家レベルでの教育が遅れており、政治的に中立を保つこのチェアの開設は、非常な注目を集めています。

チェア開設を支援した団体の代表である半田氏は、オーストラリアの全国人権教育委員会より、「 Citizen of Humanity 」(国際名誉市民)の称号を後に授与され、オーストラリアの国家レベルでの人権委員会のコミッティーにも選ばれています。


2009年10月22日木曜日

半田晴久さん@日本国際フォーラム

半田晴久(深見東州)氏は、伊藤憲一理事長を中心とする、日本国際フォーラムでの活動にも賛同されています。



日米同盟の信頼性は、明日の日本を左右するといっても過言ではないと思います。



こうあるべきだという議論はいくつもあることでしょうが、実情として、現在、いかなる状況であるのかを考えていかなくてはなりません。



与野党逆転した政権交代時に、日本外交の根幹である「日米同盟のあり方」を問うというのは、非常に意義深い活動であると思います。


2009年10月21日水曜日

半田晴久さん@芸術

半田晴久(深見東州)氏は、21世紀の文明や文化は、芸術、宗教、福祉、経済、政治などの枠や壁を越えたものであるとおっしゃっています。特に現代は経済の時代であり、近年は日本でも企業による芸術、文化の支援活動であるメセナが盛んになってきました。半田晴久氏も一経済人としての活動を行うかたわら、経済、芸術、福祉、宗教、政治というジャンルの壁を超えた福祉文化の創造に貢献できるよう多くの支援活動を行っておられます。



日本に、今日、芸術としての能楽があるのは、世阿弥という大成者がいたからですが、その背景をたどれば、将軍・足利義満が世阿弥を見出し、評価し、庇護したからであります。



一方、ヨーロッパにおいても、ルネサンスはメディチ家、フッガー家などの庇護者のもとで大きく花ひらきました。これらの歴史的事実が物語るのは、芸術文化が見出され庇護されていくには、それを見出す目と大切に思う心が必要であるということです。



そのために半田晴久氏は自ら能楽を学び、現在では宝生流能楽師師範の資格をとり、宝生東州会会主を務めておられます。そして、能楽を深く学んだことで、そこから派生した日本の伝統芸能、歌舞伎や日舞や小鼓、大鼓、太鼓、笛などの良さも、より深く解せるようになりました。またオペラに関しては、本業の合間をぬって武蔵野音楽大学特修科(マスターコース)を卒業し、さらに、現在西オーストラリア州立エディス・コーエン大学の大学院に在学し、創造芸術修士号取得のため、飛行機で通学しているそうです。



半田晴久氏は、バレエも42歳から始めましたが、自ら学び、踊ってみて、はじめて真に素晴らしいものの価値が実感できるようになったといいます。書や日本画や陶芸がわかると、茶道が真に楽しめる。また作曲、指揮などがわかってくると、オペラやオーケストラなどの西洋音楽芸術が真に楽しめ、真に感動できるようになるといいます。その為に、半田晴久氏は研鑽をしているのです。やってはじめて本当の良さや難しさがわかる。そして、その芸術を深く鑑賞したり、巨匠の値打ちがわかるようになる。これが、個人における本当の文化であると考えておられるそうです。




2009年10月15日木曜日

半田晴久さん@東京大薪能〜能楽師として、日本の伝統芸能の伝道師として

半田晴久(深見東州)氏が代表を務める特定非営利活動法人世界芸術文化振興協会(IFAC)では、毎年秋に「東京大薪能」(後援・カンボジア王国政府、東京都、MXテレビ、産経新聞など)を主催し、誰でも無料で能楽を鑑賞できる機会を設けており、東京の秋の風物詩として定着しています。



またIFACでは、能楽の国内及び海外普及にも寄与。イギリス演能旅行、中国演能旅行、米国のメトロポリタン美術館能や国連薪能、北京大学能など、米国演能旅行、中国演能旅行、また、エジプトのスフィンクス薪能、カンボジアのアンコールワット薪能等を主催しています。同協会の会長である半田晴久氏は、自らも宝生流に属する能楽師として出演しています。





その他、半田氏は、若い世代の弟子への能楽の普及のために、宝生東州会会主として、1500人の弟子を若き能楽師とともに指導しています。また、プロの若手能楽師の育成にも、力を注いでいます。



【半田晴久氏〜能楽師プロフィール】



能楽を同志社大学能楽部宝生会にて柏原仁兵衛及び辰巳孝に師事。森田流笛を貞光義次、寺井啓之、帆足正規に師事。一噌流笛を藤田次郎に師事。幸流小鼓を幸信吾に師事。1972年初舞台『鶴亀』仕舞。1996年初シテ能『猩々』。1999年国立能楽堂にて『石橋』披演、2000年国立能楽堂にて『乱』を披演。2001年『石橋』(連獅子)披演。



2002年『翁』披演。東京都庁都民広場などに於いて開催される「東京大薪能」にて毎年演ず。能楽の国内及び海外普及に寄与し、イギリス演能旅行、中国演能旅行、米国のメトロポリタン美術館能や国連薪能、北京大学能など、米国演能旅行、中国演能旅行、また、エジプトのスフィンクス薪能、カンボジアのアンコールワット薪能等を主催し、自らも演能す。今までに43度の能のシテを演ず。10年間で43度のシテは、年間平均4.3度になり、宝生流でベスト10に入る。

宝生流能楽師、社団法人能楽協会会員。宝生東州会会主。「東京大薪能」主催者代表。